工業デザイナーとAIによるロボットデザイン

Design:OpenAI ChatGPT(GPT-5)
Prompt:Kohsuke Toda



戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|工業デザイナーとAIによるロボットデザイン|ONTOLOGIA オントロギア プロダクトデザイン

私のポートフォリオサイトにAIによるデザインを掲載することになるとは、デザイナーを志した十数年前には想像もできなかった。

とはいえ、工業高校で電子回路やプログラミングを学び、大学では芸術学部のデザイン学科でプロダクトデザインを学んだ身としては、AIという存在は自然に受け入れられる土壌があったのだとは思う。

この場では、名の出る仕事はあまりないものの、10年以上従事してきた辺境の工業デザイナーとして意見を述べたい。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|工業デザイナーとAIによるロボットデザイン|ONTOLOGIA オントロギア プロダクトデザイン

AIに創造性はあるのか
前提として、このページに掲載しているロボットデザイン《ONTOLOGIA|オントロギア》は、私がプロンプトを考え、ChatGPTにて画像生成をしたもの。個人的にはとても気に入っている。今後、立体造形にしたり小説のスピンオフなどで使えたらと思うくらいには魅力的な機体だ。

AIの進歩は凄まじく、誰でもものの数秒で文章、画像、動画、音楽生成など、多くの領域において自動的に成果物を得ることができる。正直なところ《人間の創造性とは何か》そんな根源的な問いが浮かぶほどには、とんでもないことが起きていることは間違いない。

とはいえ、誰でも魅力的な成果物を生成できるかと言えばそうではないとも思う。少なくとも2025年9月現在においては、入力するプロンプトに創造性がない限りは、創造的な成果物を生成できないと感じている。

掲載しているロボットデザインに関しても、1回で満足のいく成果物を生成出来たわけではなく、何度もプロンプトの調整を行い複数回のやり取りの果てにようやく生まれ出たものであって、数行のプロンプトかつ一度の生成でベストな成果物に辿り着けることは極めて稀であると思う。私の見解としては、創造性のある入力を行えば創造性のある出力が生まれやすいと感じることから、使い手に依存性がある限りにおいてはAI生成とクリエイターとの共存は可能であると考えている。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|KOHSUKE TODA PORTFOLIO Design Artwork|工業デザイナーとAIによるロボットデザイン|ONTOLOGIA オントロギア プロダクトデザイン

AIに関する率直な感想
私の専門分野である工業デザインで言えば、シンプルやミニマル、モダンといった現代的で洗練されたデザインに関しては、はっきり申し上げてあまり頼りにはならないと言わざるを得ない。私が検証した限りでは、優れたデザインとは何かを学習させた上で生成を実行しても的外れな成果物を出してくるばかりだった。『Mioの存在論』というAIの存在を題材にした小説ではEunoiaAI(エウノイア エーアイ)という空想の汎用型AIを製作する組織を考えたのだが、そのロゴマークのデザインも結局自分で行ってしまった。おそらく、現時点ではその業界のプロのクリエイティブにはまだ追いついていない。言い方を少し変えるとすれば、優れた回答を導き出すまでの時間は、プロのクリエイターの方が早いと感じる。

数百、数千の出力を行えばいずれは辿り着けるとは思うので、時間さえあれば同等レベルのクオリティにまで達する可能性はあるけれども、自分の手を動かした方が早いと感じるデザイナー、クリエイターは多いと思う。

戸田光祐 作品集 デザイン アート|EunoiaAIのロゴデザイン|哲学的青春小説『Mioの存在論』

AIとの未来
だからといって、使わないという選択肢はないとも思う。少なくとも緻密で装飾的な画像生成に関して言えば、手書きではもはや追いつけないレベルに達しているとさえ感じることもある他、私自身の人生を通しても、技術の発展には抗えないと思うからだ。

高校時代は授業で手書きの製図を習い製図検定も取得したものの、現在では手書きによる設計は皆無であり、3DCADや2DCADしか使わない。同様に、大学受験のために毎日のように数時間描いていたデッサンも、今ではレンダリングソフトやイラストレーター、フォトショップといったソフトウェアに変わってしまった。そんな私にとっては、AIは使用ソフトがひとつ増えたようなもので、使うべきツールであることは揺るがない。

WEBのコーディングに関して言えば、もはやコーディングスピードも精度もコードの美しさも追いつけない。無論、それでも細部で間違うこともあるのでhtmlやcssなど、学生時代から触れてきたプログラミング知識に関しては、あってよかったとは思っている。


だからこそ、総じて言えることとしては、人間の身体による知識や技術の獲得は大切だと断言できる。そのため、デザイナーをはじめとするクリエイターやエンジニアを志している方も悲観する必要はない。結局、プロンプトを入力するという行為は生成される成果物をディレクションする行為であり、生成する分野に精通しているほど使いこなすことができる。

デザイナーの立場で言えば、仮に一晩で数百、数千のデザインアイデアが生成できたとして、その中から優れた案を採択できるのは、優れたデザイナーだと思う。つまりは入力と出力結果の選択には人間が関与する必要があり、そこには個人の価値があるのではないかと思っている。


また、藝術とは思想や造形を通じて歴史に存在を刻む行為であると考えている私としては、モラルがあることを前提とした上で、明確な意志を携えた入力を行い、出力した無数の結果から信念を持って意図的に選び抜けるのであれば、それはひとつの創造的行為といっていいのではないかと思う。

いずれにせよ、AIの進歩に抗うことはできないのだから、AIを受け入れた上で良い関係を築いていきたいと願っている。

制作・著者 戸田光祐
 
@KOHSUKE TODA 2025